春祭りと秋祭り
魚津八幡宮の祭りは春と秋祭りがある。春は4月,秋は9月で、いずれの月の13日の日中に宮司と御神輿が各氏子町内の家々をまわる「御神幸」が行われる。
9月のみこし祭りの祭礼日変更
そして秋には夜の「みこし祭り」がある。毎年9月14日に行われていたが、2003年から法改正で9月15日の祭日「敬老の日」が9月第3月曜日に変わり、翌日が休日でなくなった。それにより通勤通学への不安から祭りの参加が難しくなるのではと懸念され、氏子と八幡宮とで相談した結果、2005年度から「御神幸」は通常通り13日に行うが「夜のみこし祭り」は9月の第3土曜日に行うことになった。
祭りの起こり
この祭りは、文政12年(一八二九)町奉行の神社に対する圧政に坑したる廉により、入牢六十七人、梟首の刑三人、祭りの差止めとなったいわゆる「八幡騒動」により廃滅同様になっていた神社が、明治の御代に至り再び祭礼の復興をみたその喜びと犠牲者の慰霊が「みこし祭り」の起こりである。
祭りの様子
当日の昼間「さらし首」の場に築かれてある小塚に詣り、続いて境内の顕彰碑(昭和39年4月建立)の参拝を経て、夜の「みこし祭り」が展開される。祭礼日の夜には、点灯に飾られた氏子十二か町、十二基のみこしが各氏子町内の家々をまわり終えると全てのみこしが神社に集まって来る。社の前に一列に並んだみこしが順番に祓いを受けては次々に三回ずつ拝殿に乗り上げる。その状は勇壮そのもの。乗り上げる毎に起こる観衆のどよめき、各みこしの打ち鳴らす笛太鼓の響きは耳を覆うばかり。祭りは最高潮に達し、神人合一の一大壮観を現出するのである。
各みこしには、天乃川・名月・桂川・白帆・高砂・小戸ヶ浦など、それぞれの縁のある、あるいは願いをこめた名称があり、若者たちがみこし名染め込みの法被・鉢巻き、鈴のついた化粧前掛けをしめた伊達姿で舁げば、子供たちもまた「小若」の染め込み法被で、高張り提灯・西瓜雪洞をかざし、みこしの先陣を切りながら「ヤッサホーレンマー」鳳輦の掛け声勇ましく、笛太鼓を打ち鳴らし町練する状は豪華壮観、「八幡様のみこし祭」と近郊にきこえた名物祭りとなっている。
必ず降る雨
この祭日には、なぜか決まって雨が降る。それは八幡騒動で打ち首になった者たちの涙ではなかろうかと言い伝えられている。
[参考図書 : 都道府県別祭礼辞典より 「魚津みこし祭」(高松正治)]
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