ところが江戸時代に加賀藩から賜った提灯を無くしたか破損したかで、お叱りを受け祭りが指し止められる。また他社との争いごともあり、それらを不満に思った氏子たちが、いわゆる
八幡騒動をひきおこし、責任者が打ち首、神社も廃滅同様になる。後に幕府が滅び明治に入ると、幕府の手を離れた八幡社のみこしが金沢に保管されていることがわかり、氏子代表がみこしを持ち帰って祭礼の復興を喜こんだ。その喜びから各町内でもみこしをそれぞれ造り、秋祭りの夜にはそのみこしに灯りを燈し、威勢よく担いで宮に乗り上げる「献灯みこし祭り」が現在に至っている。